欧州三カ国出張報告

2年ぶりとなった今回の海外出張は、スウェーデン、英国、ベルギーの3カ国を訪問しました。高福祉高負担型国家のスウェーデンと、中福祉中負担型国家の英国双方の行財政構造を視察し、両国の社会保障制度を比較しながら、今後の日本の社会保障制度と行財政改革のあり方を考察するための訪問となりました。
 また、ベルギーでは、本年15カ国から25カ国に拡大したEU本部があるブリュッセルを訪問し、今後のアジアにおけるFTA(自由貿易協定)締結国拡大による日本経済への影響を調査しました。
 更には、英国では第3勢力であるリブデム(自由民主党)を訪ね、今後の2大政党政治化における第3政党の役割と拡大戦略を調べました。


Ⅰ.スウェーデン視察
1.ピルトレーデット・サービスハウス
2. ストックホルム市庁舎
3. 財  務  省
4. スウェーデン社会保障政策からの学習事項
Ⅱ. 英 国 訪 問
1. 英 国 保 健 省
2. オークレージ・レシデンシャル・ケアホーム
3.英国の中福祉中負担国家の感想と日本との比較
4.国際会計基準審議会
5.英国第三政党(リブデム)の現状、役割と動向

Ⅲ. 欧州委員会本部訪問
1.欧州委員会拡大総局
2.欧州委員会拡大総局タスクフォース
3.EU共通税制問題調査訪問

 
Ⅰ.スウェーデン視察
1.ピルトレーデット・サービスハウス

  10月5日の午前中は、ストックホルム市中心部に位置するピルトレーデッド・サービスハウスを訪問しました。
この施設は、115世帯(内3世帯がカップル)のサービスハウス、23名のグループホーム(3グループ)、定員20名のデイケア施設を持つ、標準的な複合施設でした。
説明をしてくれた57歳の女性は、施設長的役割を持つ方であり、元ストックホルム市職員でしたが、5年前に現在の介護施設運営民間会社に1年間研修し、その後、市職員を退職してその民間会社に入社した経験の持ち主でした。
5階建ての比較的古い建物でしたが、1階入り口から入ると、まず、美容室があり、入居者が利用していました。また、その隣にあるセルフサービス式のレストランは、美容室同様、施設関係者以外の利用もでき、丁度昼食時に重なったため、入居者、ケアワーカー、一般客等で賑わう、日本では考えられないような光景に出合いました。これは、日本の老人保健施設、特別養護老人ホーム等を施設と呼びますが、スウェーデンでは施設という言葉は使わず、ハウスまたはホームと呼んで、普通の生活をそのまま施設に持ってくる政策を採用しているためとのことでした。
115世帯のサービスハウスは、すべてが個室であり、今回の訪問時には、視力が低下しているという92歳の女性の部屋を見せて頂きました。約18坪の1LDKであり、きれいに飾りつけがされていました。月曜から金曜まで毎日行事(この5日間で23の行事)があり、特にこの女性は月曜の文学拝聴、火曜の体操、水曜のショッピングを楽しみにし、週1回の3時間散歩(この時は、市から付き添いの職員が派遣される)が特に好きとのことでした。
施設全体に日本で特有の臭いがありませんでした。これは頻繁にオムツを替えたり、清掃などのケアが行き届いているためでした。


グループホームも8畳位の個室でしたが、各グループに利用者家族のためのキッチンや、テレビ室等、あまり使われていない部屋も多くありました。昼間はほとんどの利用者は自分の部屋には戻らず、共同リビングルームで若いケアワーカー、看護婦等10人弱で穏やかな時間を過ごしている光景がありました。
看護婦は4人おり、3人がサービスハウス、1人がグループホームを担当していました。
デイケアでは、その日が丁度103歳になる男性が利用されており、私たちと15分近く会話を楽しみ、介護施設特有の囲まれた感じをさせない雰囲気でした。
これら3つの施設は、この民間会社から派遣されている100名から120名の職員で運営されています。
スウェーデンの老人要介護者の1/4は施設介護、3/4が在宅介護となっています。この会社も他の100名の職員が在宅介護サービスを提供しており、また、この施設に対して今年が4年に1回の入札時期であり、市のサービスの要求水準が高いため、経営は大変であると言っていました。
ちなみに、この視察は有料であり、視察料(約10万円)は市及び視察紹介会社に支払われます。


2. ストックホルム市庁舎

 10月5日の午後は、ノーベル賞授与式が行われるストックホルム市庁舎を訪ね、2年前まで25年間市議会議員を務めた法律家である女性が、市の社会福祉・財政について説明をしてくれました。


ストックホルム市は76万人の人口を要し、1997年に①住民参加を進める民主主義の立場から、②出来る限りの地方分権推進から、③財政難による経済的理由の3点から18の区制を敷き、現在に至っているとのことでした。ちなみに、ストックホルム市は101名の議員(政党別比例名簿代表制で選出)がおり、議員報酬は年収50万円位でした(区議員も同額)。市長及び行政の局長はすべて議員から任命される議院内閣制になっていました。
 スウェーデンは、20の県が医療・保健サービスを提供し、財源は税率12.27%の住民所得税、290の市町村が老人・児童・障害者福祉、教育等を提供し、財源は税率18.08%の住民所得税でした。
 市の歳入の68%が住民所得税、住民の自己負担金が14%、地方交付税が10%で、この交付税はひも付き補助金の性格を有し、日本のような財源保障機能は小さいようでした。
 市の歳出は、39%が障害者・老人福祉、26%が教育関係、10%が児童福祉、残り25%でごみ、交通、消防等のサービスを行っています。
 国の予算の58%を占める社会保障費の47%が老齢年金、33%が障害者福祉、14%が家族政策であり、特に家族政策が成果を出し、現在の出生率は1999年には1.50が2003年には1.71まで回復し、彼女は現在のスウェーデンはベビーブームと言っていた背景には、家族政策の充実が大きいと実感しました。
このように、国、県、市町村は、それぞれの財源と業務内容がわかり易く整理・分割され、かつ、行政の情報公開制度が充実しているため、国民・市民の監視の目も厳しく、前述の少額の議員報酬でも市民の目をかなり意識していることが伝わりました。
日本の地方自治体の歳入は国または県からの補助金・地方交付税比率が高く、国・県・市町村間で複雑に税金が移転している現制度では、国民・市民にわかり易い情報公開制度を構築すること自体が難しく、日本の財政規律化に今後求められる歳出カットと同時に、歳入増を行なうための行政インフラが乏しい日本の行財政構造では、健全な財政規律を確立する道はまだまだ遠いことを実感せざるを得ませんでした。

3. 財  務  省

  10月6日午後は、今回の訪問目的に合わせて、財務省から財政課長、広報課長、税・関税課長3人が説明をしてくれました(財務省職員数は約200名)。
 1993年の経済・金融危機の時は、財政赤字が12%(2004年の日本の財政赤字は6.8%)まで悪化しましたが。次の財政制度改革を実施し、今年は0.7%の黒字になっています。


① 財政赤字からの脱却
財政赤字をコントロールするための予算プロセス改革を1997年から実施しました。先ず、将来3年間の歳出総額を決め、その中で27分野(医療・障害者保障、雇用、教育、地方交付税等)の歳出目標を決め、そして500項目の単年度議決予算を決める、フレーム予算制度を確立したことでした。
次に、分野毎に歳出カット目標を決め、最後に、収入増を図る、という3段階方式で財政赤字からの脱却が成功しました。しかし、財政課長も言っていましたが、財政規律化を可能にする財政制度の確立と、巨額の税金を投入し90年代初頭の金融危機を乗り越え、経済自体が良くなったことが財政黒字化の最大要因であるとのことでした。

② 財政情報の改革
5年前までは現在のような財政情報部(現在8名の職員)はなく、その後、工夫・改善を図り、現在では国民に関心のある行財政情報を可能な限り提供できる体制になりました。特に、上述の27項目毎にリンクした情報を提供し、国民がわかり易く、利用し易い情報提供体制を構築できたことでした。
これらの情報提供体制により、2~3年前からスクールWEBや学校の授業(小学校2年生から)を通して、税及び行財政制度の仕組みを教えながら、歳出増を抑えることへの国民運動論へと展開を可能にしました。
ちなみに、本年、労働組合からこの部長が2004年情報役員賞を得たとのことでした。

③ 将来の課題への挑戦
高齢社会はスウェーデンでも大きな課題であり、この問題を克服できる一つの方法として、財政課長は、1999年に行われた老齢年金の制度改正で経験した事例を挙げていました。これは賦課方式で財政運営される所得比例年金と積立方式で運営される積立年金を組み合わせることにより、従来の現役世代平均所得の80%保障から75%保障に引き下げを可能にしたことでした。
この制度改革の実質的な意味合いは、国民の所得水準・経済力に応じたスライド方式にしたため、経済力の範囲内で継続運営できる制度を15年かけて実現したことでした。
 また、高齢者社会保障制度も経済力に応じた制度に切り替えれば、持続可能な制度が出来るのではないかとの意見開陳には、悪く解釈すれば行政はこれしか出来ないとの開き直りとも取れますが、良く解釈すれば、行政はマジックではなく、出来る範囲で最大限努力することが重要であるとの説明からは、スウェーデンの過去10年間の行財政構造改革の成功を自慢する姿勢は感じられませんでした。
 また、地方分権を更に進め、地方自治体の自己責任で持続可能な制度にすることも、高齢社会を乗り越える解決策のひとつではないかとも言っていました。


4. スウェーデン社会保障政策からの学習事項

① 施設介護のあり方
自宅で介護を受けるような雰囲気のサービスハウスは、自宅での生活をそのまま介護施設内で保障しているため、日本の施設介護とは比べものにならないほど、介護サービスが充実しており、その分、高負担国家(2003年実質国民負担率:スウェーデン74.3%、日本45.1%)になっているものと理解しました。
現在の日本では、スウェーデン型の高福祉高負担国家にすることは不可能であると直感しました。なぜなら、スウェーデンは、過去180年間戦争を行なっていない国であり、そのための外交努力をスウェーデン国民が皆で支えながら、団結心を強くしてきた歴史的土壌があり、国内福祉政策を充実させ、そのための高負担に理解を示してきた国家であるからこそ、現在のスウェーデン国家モデルがあると解釈しました。
反対に、戦後の日本はイデオロギー論争を50年以上も続けたため、高齢社会をどう乗り越えるかとの本質的な国民的議論が乏しいと実感しました。このように考えると、現在の日本の行財政制度は、更なる財源確保、高負担型国家にしなければ、福祉政策は行き詰まりを見せることは明らかであり、現在の毎年20兆円もの財政赤字の解消が重要な課題となっている日本の現状では、要介護者を増やさない介護予防型政策の充実を最優先せざるを得ないのではないかと考えます。

② 行政の情報公開制度の充実と更なる地方分権化
 2007年から人口減少が避けられない日本の超高齢社会を乗り越えるには、現在増大している国民の政治・行政への不満を少なくするための行財政構造改革を大胆に進めなければならないと考えます。その柱が、徹底した行政の情報公開であり、また、その情報がわかり易くするためには、更なる地方分権を進め、市町村住民に、行政運営の基本である受益と負担のバランスを、肌身で感じられるまで、行財政構造の簡素化と地方分権を進める以外に解決策を見出すのは難しいのではないかと考えます。

③ 経済力に応じた制度設計
 90年代に行財政構造改革を実現し、健全な財政規律化を構築した豪州・ニュージーランドそしてスウェーデンのような国家は、政府は景気対策よりも健全な財政運営を優先させる政策を取ってきました。この政策が景気回復をもたらし、経済成長路線を進める要因になったことは、日本も認めざるを得ない段階にきているものと考えます。
 そのためには、政府が掲げる国民負担率50%を維持することは、スウェーデンのような高福祉高負担国家を目指すよりも、現在の日本の国民負担率を前提にしながら、先ずは財政赤字の解消を優先させる制度設計を最初に確立させなければなりません。そのためには、財政赤字を縮小させるための財源確保に取り組みながら、前述②の行財政改革を行なうとともに、日本の経済力の範囲内に福祉サービスを抑える、持続可能な社会保障政策を展開しなければならないと考えます。
 
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Ⅱ. 英 国 訪 問
1. 英 国 保 健 省

 10月11日午前中、英国がかかえる医療・年金・介護の課題と改革の内容を把握するため、保健省のNHS(国民保険制度)改革担当者を訪ねました。
 この担当者は、元NHS公務員でしたが、NHSから保健省に出向しており、NHS改革にふさわしい、実務を良く知っている官僚でした。
 2000年に発表されたNHS改革は12項目あり、その最大の課題が患者の待ち時間解消でした。その時点では手術などの治療に要する平均待ち時間は2年近くだったのが、現在は9ヶ月まで縮小し、2005年3月には80%が6ヶ月以内、同年12月までは100%が6ヶ月以内達成、そして、最終目標の2008年には18週間以内に全治療を行うこととしています。
 この改革のために、200名のNHS近代化エージェンシー(日本の非公務員型独立行政法人に相当)が設立され、1997年以降、NHSは23万人の職員増となり、現在では600の病院を中心に130万人の公務員を有するNHS改革を推進しています。その上位に、2500人の保健省、NHSを含む医療・年金・保険等の所管省庁になっています。
 2000年には360億ポンドのNHS予算が、2004年には530億ポンド、2008年には900億ポンドと、8年間で2倍以上の予算増加ができるのは、英国経済が好景気が続き、財政に余裕があるためとのことであり、日本の厳しい財政事情と比べると、大変羨ましい限りでした。
 NHS改革がなぜ遅れたのかとの問いに、1997年に保守党から労働党に政権交代が起こり、最初の2年間は保守党政権の政策執行に時間を費やし、2000年になってNHS改革案を発表したとの説明がありました。
 また、独立した監督局が法的に組織され、以前の4年に1回の調査が、現在では必要に応じて行なわれる制度に変わり、その調査報告書は国会に提出される制度になったため、いままで、重病患者優先の結果、待ち時間解消に消極的な(英国人特有の我慢強さからか?)医療関係者の意識改革が本格的に始まっていることを実感しました。
 このNHS改革の成否は、来年5月に予想される総選挙に重大な影響を与えますが、現在のNHS改革の世論調査では、不支持が支持を若干上回っているとのことでした。
 そして、年金改革(年金を厚くするか、雇用延長により年金受給開始年齢を遅らせるか)は来年総選挙の焦点にはならず、また、老人介護制度改革はNHS改革終了後の2008年以降になるとの見込みを述べていました。
 


2. オークレージ・レシデンシャル・ケアホーム

 10月12日午前は、ヴィクトリア駅から電車で30分要してRedhill 駅(ロンドン市内から南に30キロ)に到着し、更にタクシーで15分走った所にある、
「オークレージ・レジデンシャル・ケアハウス」を訪ねました。



 英国は、日本・ドイツのような介護保険制度がなく、また、スウェーデンのように、だれもが無料の介護施設に入れる制度ではありません。このため、英国は、NHSの病院、ナーシングホーム(常時看護を要する者の福祉施設)、そして、レジデンシャルホーム(常時看護を要しない者の福祉施設)が高齢者施設介護を行っており、この日訪問したハウスは、アンカー・トラスト(財団と呼ばれる英国内に100以上介護施設を要するNPO)が所有・運営する施設の一つであり、65歳以上の高齢者定員50人(痴呆症15人、身体障害者5人、軽微障害老人24人、その他6人)が住居する、閑静な住宅街にある、こじんまりした3階建ての介護施設でした。
 この施設は、今回案内してくれた施設長経験15年の女性、8人の上級ケアワーカー、35人のケアワーカー、その他スタッフ6人、計50人で運営されている、英国内では恵まれた施設でした。
 ナーシングホームまたはレジデンシャルケアホームの入所施設は、1万ポンドから1.6万ポンドまでの資産所有者は一部費用徴収が行なわれ、1.6万ポンド以上の資産所有者は全額自己負担制度となっています。日本の場合は、収入基準で自己負担が決められますが、英国のように、資産基準も導入すべきと考えます。この施設は、1.6万ポンド以上資産所有者は、週625ポンド(約12.5万円)の全額自己負担となります。この施設所管のサリー州政府との契約(州からの受け入れ定員枠は40人)によると、通常は430.30ポンド、上級サービス(一等クラス)で557.46ポンドと、かなり高くなっていますが、基本的に、自分の家財道具を持ち込め、家族が泊まる部屋も用意され、実際の原価・費用を考えると、適当な水準ではないかと思います。
 このように、国民負担率50%という中福祉中負担型国家の英国は、自己負担が原則の施設介護制度を行なっています。また、在宅介護は自治体ごとに基準が決められる制度となっており、在宅介護サービスの水準が自治体によりかなりの開きがあるようでした。


3.英国の中福祉中負担国家の感想と日本との比較

 国民負担率50%という中福祉中負担型国家である英国は、ゆりかごから墓場まで国が補償する制度は遠い昔のことであり、現在の英国国民は、限られた財源の範囲で医療・年金・福祉サービスを我慢しているようでした。そして、そのサービスレベルは、日本より劣るものであり、この差こそが日本の国民負担率が45%(実際の国民負担は4割弱)で抑えられ、毎年20兆円もの赤字財政になっている日本の行財政制度の最大の課題ではないかと思います。
現在の日本は、国民負担増より行政サービス要求が優先され、一向に財政赤字から脱却できない現状を克服するには、日本の医療・年金・福祉のサービスレベルを現制度の中で可能な限りの効率化と、財政負担の範囲内で持続可能な制度に抑え、そして、国民負担と行政サービスの関係性を簡素で透明性の高い行財政制度を早急に構築することが求められています。私は、そのための新たな行財政制度設計を継続して研究しており、年内にも具体的な提言を行う予定です。


4.国際会計基準審議会

10月11日午前中、国際会計基準審議会(IASB)を訪ね、現在の日本企業が2005年までに国際会計基準に準拠した財務書類を作成しないと、EUでの株式上場ができなくなる(交渉により2007年まで延期措置になった)という、2005年問題の現状と今後の課題を調査しました。
IASBの前進であるIASC(国際会計基準委員会)は、2000年当時、パートタイム17人が一部屋で作業を行なっていましたが、現在の審議会になってから常駐勤務者が50名前後と増加し、組織の安定化を図っていました。
日本の多くの企業がニューヨークでの上場しているため、今でも、国際会計基準(IAS)より米国会計基準に準拠する動きが根強くあります。その中で、IASBが会計基準の世界標準化を進めていますが、10数カ国の加盟国における日本の会計基準のIAS準拠度は中間レベルとのことであり、日本の審議会(JIASB)の機能強化を希望していました。
IASBは、加盟各国の会計基準のIAS全面適用だけを認めており、日本とカナダがIASの全面適用に消極姿勢を見せています。近い将来、IASと米国会計基準の乖離が無くなるのは時間の問題のため、日本もIASの全面適用に踏み切ってほしい旨の意見が出されました。
また、他の大国では、ロシアは10年以内に、中国は10年以上かけてIAS適用の時代が来るとの見通しを述べていました。
中央政府の会計基準についても、現在、国際会計士連盟(IFAC)とIASB が調整を行い、政府の会計基準はIFACが、企業の会計基準はIASBが行うことになるようです。
中小企業会計基準については、米国会計士協会は1年以内に発表するようです(英国は発表済み)。
ちなみに、2006年11月任期(5年間)切れの現議長の再選は濃厚のようです。


5.英国第三政党(リブデム)の現状、役割と動向

① コラムニスト、スミス氏との会談
 今回の英国訪問に際し、公明党同期の上田勇衆議院議員(現財務副大臣)の紹介を得て、公明新聞に連載記事を書いていただいている加瀬美紀さんの紹介で、英国の世論形成の最も影響力のあるタイムズ社の元コラムニストであるスミス氏と会いました。
 会談目的は、英国が労働党と保守党の2大政党の中で、第3党であるリブデム(Liberal Democratsの略称語ですが、労働党から派生し、保守党派生のグループとも合流し、現在のリブデムになりましたが、近年はMORI社調査による国民支持率は2割を超えており、第3政党の躍進が話題となっている中で、今後の英国政治でのリブデムの役割、位置付け等を把握するために行いました。
 会談は10月12日午後、スミス氏の所属するリフォーム・クラブ(会員約6百名)で行いました。伝統と格式を重んじる英国会員制クラブは規則が多く、かばんの持ち込み、メモ取り、携帯電話等、一切許されず、その中で、3時間近く英国の政治情勢の現状、来年5月予定の総選挙の予想、そして、第3党のリブデムの勢力予想図を議論しました。
結論として、三つの状況が予想され、一つ目として、来年の総選挙で労働党は過半数を確保する、二つ目として労働党が過半数割れとなり、再選挙となる、三つ目として、労働党の少数与党として、政権運営に当たる、との予想を示し、その中で、現在、リブデムは与党にならないと表明している以上、労働党との連立はあり得ないため、会談は今後の労働党の政権のあり方が議論の大半を占めました。
スミス氏は、第3勢力としてのリブデムの存在意義について、今まで真剣に考えた事はなかったようで、再度意見交換をすることを約束して会談を終了しました。

② リブデム訪問
 10月13日午前、英国国政第3勢力のリブデム本部を訪ね、30名半ばの女性ロンドン選挙対策本部長から来年5月にも予想される総選挙の対策の内容を訪ねました。



 リブデムは、全小選挙区制度の英国における労働党と保守党の2大政党の中で、現在は659議席ある小選挙区の内、55議席を確保している第3勢力政党です。本年9月のMORI社調査によると、リブデム支持率が25%(ちなみに労働党32%、保守党33%)と、反イラク、犯罪撲滅、NHS改革、教育改革を打ち出し、目立つための政策と小選挙区選定、並びに、マスコミへの露出度を重視しながら、来る来年総選挙の準備を行なっているとのことでした。
 リブデムの歴史は、1970年代後半の労働党の弱体化とサッーチャー保守党政権誕生(1979年)後に、離合集散を重ね、旧労働党を多く抱える現在のリブデムは、約100の小選挙区を絞り、1選挙区内(平均7~8万人の有権者)にワードと呼ばれる3千世帯の最小自治区単位別に、活動目標(投票確実有権者数、党員数、政治献金金額、チラシ投函活動者数等、具体的な10項目を決めている)を決め、労働党、保守党より細かい票の詰めを行なっていました。
 この選挙ノウハウは、ここ10年から15年で築いたようで、ワード別のアンケートチラシを見た時は、小選挙区制度を勝つための細かな対策の必要性と選挙の厳しさをあらためて実感しました。
 リブデムは、時期総選挙区では、65から75の当選者を期待しているようで、今週行なわれたブレント地区の補選では、30歳になるリブデム候補者が労働党支持者の29%を獲得し、見事、最年少当選を果たしたとのことです。



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Ⅲ. 欧州委員会本部訪問
1.欧州委員会拡大総局

  欧州連合(EU)は本年5月に新たな10カ国が参加して、25カ国になりました。EUには欧州委員会という2万人以上の職員(官僚)が行政を担っており、当委員会には、中央省庁に相当する20以上の総局(DG)が組織され、新たな10カ国加盟を担当した拡大担当総局は5月までは350名の職員がいましたが、拡大達成後の現在では210名に縮小されました。
10月8日午前、拡大DGの加盟候補国担当局長を訪問し、EUの加盟国拡大の経緯と今後の課題について、私から3つの質問を行い、アジアの経済交流のあり方も含めて、次の説明と意見交換が持たれました。


① EUの中進国10カ国拡大戦略の意義・目的と課題

・ まず、EU15カ国の枠組みを作ったのは、第2次世界大戦で欧州が悲惨な歴史を2度と繰り返さないという、強烈な政治的理由がある。この政治目的を達成するためには、1992年の経済・市場統合から始まり、次に、1999年の通貨統合、そして、欧州の平和と安心を確立するための政治的統合がEUの目的である。
・ 91年ベルリンの壁が崩壊し、共産主義で分断されていた欧州諸国がかつての欧州に戻りたいと希望する10カ国のEUへの参加の流れは、90年代半ばから強くなり、政治的平和を求めるEU拡大の動きは、大きな経済格差があっても、だれも逆らえなくなってきた。
・ EU15カ国は、既に経済力の弱いスペイン・ポルトガル・ギリシアの加盟を行い、その結果、15カ国間の経済格差は少なくなってきた。
・ 新たな10カ国のGDP合計額は、オランダ経済力と同規模であり、大きな負担にはならない。また、チェコ・ハンガリー・スロベニアは賃金が安い熟練工が多く、これらを活用し、EU企業がコスト削減を図る機会として、既存15カ国にとって、新たな10カ国への投資はメリットが多い。
・ ただ、政治家が欧州の平和・安全にお金がかかることを説明しなかったため、欧州の一般世論がEU拡大に消極的だったのは残念だった。また、92年から94年が真の意味での第2次世界大戦の終戦であり、大戦後の米国主導のマーシャル・プランに相当する多少の平和税の議論はあったが、10カ国拡大に伴う付加価値税(VAT-EU行政活動の基幹財源)の増税議論はない。

② 10カ国拡大経験から学ぶアジア経済統合のあり方
・ 今回の拡大は、3つの課題がある。一つ目は、環境政策にブレーキをかける等の、経済統合のスローダウン。二つ目は、2007年から2013年までの財政見通しの中で、農業、地域政策などの主要政策に歳出上限(CAP)を設けなければならない。その中で、三つ目として、米国との関係で、米国寄り大西洋派と反大西洋派の対立が表面化し、限られた予算の配分交渉を巡り、また、米国との非関税障壁及び独禁法(例:エアバス対ボーイング)などのあり方を巡り、2005年末ごろには政治的統合の進捗が困難な局面が生れる。
・ 今後のアジアの経済統合の方向性を占う上で、EUとNAFTA(北米自由貿易協定)とのFTA(自由貿易協定)の締結の可能性は、工業製品ではあっても、農業製品ではありえない。それよりも、国際標準規格(ISO)などの分野別に製品規格の標準化に力を入れたほうが、FTA締結より現実的である。
・ EUは、WTO(ドーハ2006年)が成功すれば、関税障壁がなくなり、FTAの必要性は少なくなる。しかし、EUと米国の規格の標準化は異なり、今後の交渉は引き続き行なわれなければならない。

 以上のやり取りから、アジアの経済統合について、さらに次の意見交換を行ないました。
 アジアの場合は、「日本VS他の多様性のあるアジア諸国」という構造であり、EUが関税障壁の撤廃からスタートした経験から、法的拘束力と欧州裁判所のように罰則規定と調停機能を持つ枠組みをアジアに作らないと、100年かけても経済統合は困難である。
 また、日本とアジアの経済統合は、中国の存在もあるし、アジア諸国のメリットが実感できないと、経済統合を進めるのは困難であり、また、アジア諸国間がある程度レベルアップして、初めて、日本との経済統合交渉に向うのであり、その期待はあまり持てないとも言っていました。
 今回の局長との意見交換を通じて、私は、世界的な包括的枠組みのWTO、2国間のFTA、EUのような地域内経済統合、そして規格の標準化という、いろいろな方法を使って経済統合を進めることが、アジアの経済統合、そしてアジアの平和・安定につながるものと理解しました。そのためには。今後も引き続き、様々な条約を活用しながら日本とアジア・世界との経済関係のあり方をさらに研究する必要性を実感しました。

③ トルコ加盟を巡る今後の更なる拡大戦略
・ EU内には、イスラム教を国教とするトルコがEUに加盟することに強い抵抗がある。しかし、トルコは1963年、既にEC加盟の意思表示をしており、地理的にはトルコの欧州部分は一部であるが、戦略的に中近東との関係を考えると、トルコを加盟させることは欧州の平和・安定のためには悪いことではない。
・ しかし、局長の個人的な考えとして、トルコは他のイスラム諸国とは異なり、トルコでは民主主義が定着しても、他のイスラム諸国には広がらない。
・ 25カ国の2010年以降の高齢化を考えると、トルコの若い労働力は魅力的である。
・ EU内にイスラム社会を取りこむことができれば、10年から15年後、または、ある日(消極的に言っていましたが)の加盟はありえる。
 
 トルコ加盟問題を議論すると、局長の話から、EU諸国がイスラム社会へ警戒しているのが良く伝わってきました。このため、現実にはトルコ加盟は簡単ではないことが確認されました。


2.欧州委員会拡大総局タスクフォース

 10月8日午後は、現在は拡大総局に所属し、来月から外交関係総局に配置される、「タスクフォース」の関係者と会いました。
 このタスクフォースは、EU参加の可能性が現段階ではない近隣欧州諸国との外交関係のあり方を決める、「欧州隣国政策」を策定することを目的として、20名で組織されているチームです。例えば、現在、ロシアはEUに対する近隣政策が存在せず、EUもロシアに対するものは持ち合わせていません。しかし、EUが達成した成果を近隣諸国と分かち合えると、経済統合のメリット、二国間同士の協力体制強化が図られ、究極的な平和と安定に寄与します。
 既に2007年までのアクションプランが作成されており、2007年から「欧州隣国政策」が始まり、このアクションプランは近いうちに欧州委員会採択が予定されています。
 このアクションプランは、EUの外交政策遂行のための優先順位を決める、『新たな政策概念』からきており、それは二つの目的を有しています。一つはウクライナ、イスラエル、ヨルダン等6カ国とのパートナーシップ・コーポレーション・アソシエーションの政治的文書を取り交わすこと、二つ目には2004年以降、7年間の外交政策のための東欧または地中海諸国へのODA補助金を増加することですが、現時点では、EU加盟国の承認は得られていません。


3.EU共通税制問題調査訪問

 1989年の監査法人勤務時代に、私は「EC加盟国税制の統合」セミナーを行い、その研究は、以前同僚であったブラッセル駐在の会計士に引き継がれていました。その彼が、私が訪問した10月7日の翌日に「欧州税制の現状と未来」についてセミナーを行なうことを知り、直接彼からその内容をマン・ツー・マンで聞くことができました。
前述したように、現在ECからEUとなり、多くの制度が統合されましたが、税制は国家主権の根幹にかかわるため、国をまたがる共通税制を作るのは大変困難であることは、私が経験したことです。丁度、この日、私が1989年に作ったレポートが置いてあり、その懐かしい資料を見ながら、彼の説明を受けました。
ここで驚いたのは、あれから15年間たっても、現在行っている共通税制議論は同じ項目を続けていることでした。
それだけ、共通税制の難しさを実感したわけですが、しかし、この日の翌日である10月9日から、「欧州会社」というEU共通の会社制度(EU内に欧州会社を設立すると、他のEU諸国でも会社登録なしに事業が行える)が施行されるという、会社法の世界では歴史的な日となりました。このように、EU内の制度統合は深化しており、また、IT時代に即した付加価値税の電子インボイス制度、ワン・ストップ・ショップなどの具体的な面で共通税制が構築されつつあることを確認できたことは、今回のEU訪問の大きな成果となりました。


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